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だらしなブログ

たまにギャグ漫画描いてます(´◉◞౪◟◉)

「名門ゆえの葛藤 ~父と兄弟の狭間で~」

 あ~腹減った。深夜に腹が減って起きてしまい、今カップ焼きそばを食べたところです。夕飯は、テキサスバーガー×2個・バベポ×2個・ポテトLサイズ・チキンナゲット・バニラシェイクMサイズ、マックフルーリーしか食べてないから、そのせいかもしれないね。
 起きてしまったついでに、ブログ更新しようと思います。

 今回のこの大坂の陣豊臣方武将特集を書くにあたって、参戦した武将を調べていくと、管理人が聞いたこともない知らなかった武将たちが沢山明らかになってきます。いわゆるマイナー武将と呼ばれる人達ですね。しかしよく調べると、ほとんどの人達が有名な大名や武将の親族だったりして、調べるうちに管理人が知っている背景と話が繋がってきて、「あ~、この人とあの人が、あーなってこーなって、なるほどね。」となり、面白くなってきます。
 今日のゲスト(笑)も、そんなうちの一人です。細川興秋(ほそかわおきあき)!ご存知の方なら、もうピンときたでしょう!(知ってる人もいるか)そう、あの名門・細川家の人です。今日の落書きは、久しぶりに色塗ってみました。

〈細川興秋〉
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 興秋は、細川忠興の次男です。細川忠興と言えば関ヶ原の戦いでは東軍に加担しており、以降も徳川に恭順を示しています。そんな細川家の息子が何故に大坂の陣で豊臣方にいるのか?そこに至るまでは少し長い説明が必要だと思うのです_(._.)_
 事の始まりは、1604年に長男・忠隆が勘当廃嫡されてしまうことです。兄ちゃん忠隆の妻は、前田利家の娘・千世です。関ヶ原の合戦直前に忠隆・興秋たちの母・ガラシャが実質自害した際に、千世は一人だけ宇喜多屋敷に逃げ込みました。そのことが、細川忠興の怒りを買い、兄ちゃん忠隆は千世と離縁するように命じられてしまいました。兄ちゃんはそれを拒否して勘当されてしまうのです。この時、興秋や三男・忠利(後の細川家跡継ぎ)は兄ちゃんを庇ったりしたのですが、親父の権限は絶対でした。
 細川忠興は感情の起伏が激しい人物だったらしいです。ガラシャは自らの意思で死を決意したとされています。忠興の言い分を解釈すると、「ガラシャと一緒に死ぬか、無理矢理連れて逃げるかしろ!」と管理人には聞こえるのですが(´ `:)
 ただの八つ当たりのようにとれるのですが!軍事面・政治面ともに優秀だとされる細川忠興ですが、人格は現代で言うと、精神病かもしれないです。
 そんなこんなで長男が勘当され、残る跡継ぎ候補は興秋と末弟・忠利。親父の精神病はさらにエスカレートしていきます(笑)
 忠興は徳川への従順をよりアピールする為に、徳川秀忠から可愛がられていた三男・忠利を、次男である興秋をさしおいて、跡継ぎにすることを決定してしまいます。「やり過ぎでしょ、親父!」ってことで弟・忠利は反抗しますが、やはり狂った親父は聞く耳持ちませんでした。
 そうなると武家の習いで、跡継ぎ以外の男子は徳川への人質になります。こんな親父・細川忠興に嫌気がさしたのか、興秋は人質に送られる途中で細川家を出奔しました。
 その後、興秋は大坂城に入ります。細川興秋、この男もまた、大坂の陣がきっかけで歴史の表舞台に出るようになります。この戦いに参戦した他の武者たち同様、興秋も奮戦し、特に道明寺の戦いや天王寺・岡山口の戦いでの戦いぶりが評価されました。
 興秋は、大坂城落城後に戦場を離脱しています。伏見にある、細川家家老・松井氏の菩提寺に匿われていましたが、やがて親父・忠興から切腹の命令が来て、自害したとされています。徳川家康からは赦免の話もあったが、親父が断ったという説もあります(ひでぇ~な)。
 違う結末の伝承があり、実は親父に許されて、密命で細川家の元家臣に預けられ、天草で庄屋になっという話もあります。
 豊臣方として参戦した武将の結末は、数多い戦死や敗戦後許されずに処断・自害、といった悲惨なものばかりです。(兵力が違いすぎて、本来なら戦にならないほど。しかし後世に残る伝説になったのは、いかに豊臣方の武将たちが強かったか、という証拠)そんな中で徳川方に影響力を持つ親族がいた武将たちを、なんとかして親族を通じて助けてあげられなかったのだろうか・・・と、いつも思うのです。それが例え縁を切った中でも。この時代では、武家の習わしとされてしまいますが、実の息子さえも見捨てて、家の存続を図るほうが、そんなにも大事だったのでしょうか。家長である親父の気質が、「何よりも家族が大切で、場合によっては大権力が相手でも家族全員で立ち向かい、死も覚悟する。」といった人のもとに生まれていれば、また違った結果になったかもしれませんね。

参考資料
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E8%88%88%E7%A7%8B